ねむの木村

stoshihama2006-09-27

先週末「天竜サイクルツーリズム」というサイクリングイベントに参加した帰りに、
掛川市にある「ねむの木学園」(宮城まり子園長)に寄ってきました。

「ねむの木学園」(http://www.nemunoki.or.jp/)は1968年に宮城さんによって設立された日本最初の肢体不自由児養護施設です。

1979年、「ねむの木養護学校」を設立、成人に達しても必要なら在籍し続けられる「肢体不自由児療護施設」という新しい制度の誕生に結びつきました。

1997年、浜岡町より掛川市へ移転、同年身体障害者療護施設「ねむの木のどかな家」を設立、1999年には、「ねむの木子供美術館」「吉行淳之介文学館」を開館、いま、一帯は「ねむの木村」となっています。
学園では通常の学習のほか、美術、音楽、茶道なども本格的に勉強、その絵画展は国内外で開かれています。

静岡にいたころ、宮城さんにインタビューする機会がありました。(18年前)
「だめな子なんかひとりもいません。ねむの木のこどもたちにすてきな才能があることを認めてほしいです」
と何度も話されたのが印象に残っています。

当時みた絵画も赤、青、黄、緑、紺、色彩感覚が鮮やかな作品ばかり。
家、木の葉、汽車、子どもからみた宮城さん、数百はあろうかという花のなかを宮城さんと散歩する子どもの絵は、ねむの木の子どもにとって宮城さんの存在がとても大きいことがよくわかるものでした。

子どもたちが絵を描くときの集中力の強さがジンジンと伝わってきました。

そのころは、パートナーであった吉行淳之介氏も(病は得ていたようですが)健在でしたし、宮城さんの印象もとてもエネルギッシュでした。 その後、吉行氏はなくなり、ご自身もご病気を患ったと聞いていました。

静岡を離れてからも、しばらく学園のカレンダーを購入したりしていたのですが、最近はごぶさたしていて、一度たずねたいと思っていました

吉行淳之介文学館でその作品や原稿をみて、 子どもたちの作品や宮城さんが輸入した雑貨を販売するお店(ガラス屋さん、雑貨屋さん、毛糸屋さん)で絵葉書や子供たちの作品をプリントしたタオルなどを買ったり、 ねむの木子ども美術館で絵を楽しみました。
今回は寄らなかったのですが、喫茶店MARIKOからはその前日、掛川市で開かれたかぐや姫のコンサートを見に来たらしい女性のグループがわやわやと出てきました。

宮城さんの後継者が育っているのかどうか心配に思ったりもしたのですが、よくもわるくも宮城さんの学校なのだと改めて思いました。


写真は「ワンちゃんの世界」(子ども美術館にて)




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