飛行機事故で思いだす(続)

この商売では事故のことは書かないほうがよいことは承知していますが、各地で飛行機事故が報道されています。邦人の犠牲者がなかったためか扱いは小さいですが中国黒竜江省伊春市の伊春空港でも不幸な事故が起きてしまいました。中国の飛行機事故では飛行機事故で思い出すこと で書いたような旧北方航空の事故(後日、乗客の放火によるものと断定されました)を思い出します。そのとき私に寄せられた関係者からの手紙(当時はメルマガで実名入りで紹介しましたが月日もたちましたので実名は削りました)を紹介します。
「5月7日に起きた中国北方航空の墜落事故に関して、先週、犠牲者のご友人であるS様から、下記の通り、中国政府への遺体捜索続行への署名協力のご依頼をいただきました。掲載について弊社の業務上、率直に申して迷いましたが、このような不幸な事故についての経過の一端を皆様にお知らせすることにしました。
以下はS様からのメールです。ご本人様から掲載については承諾をいただいております。
はじめまして。今日は、この場をかりまして、中国好きの皆様にお願いがあります。5月7日に大連沖で墜落した飛行機事故で、私は大切な友達を失いました。友達の行方がどうなったのか今日までずっと気になっていましたが、彼の親族から連絡があり、彼が間違いなく墜落した飛行機に乗っていたこと、そして、まだ遺体が引き上げられていないことを知りました。中国の捜査当局は最後の一体まで引き上げると約束したのに先月25日、一方的に捜査を打ち切ったそうです。彼女からのメールには次のような事も書かれていました。『もう一人の日本人遺族であるYさんの友人有志から、3日前より捜索活動継続を求める署名活動が始まりまして、兄の友人を含み、今現在で12,000名の署名が集まっています。集めた署名はまとめて日本大使館へ改めて嘆願書とともに提出する予定です。正直なところ、今回の件はいくら署名が集まれども、中国政府の決定を覆して捜査が再開されるとは期待できません。ただ、このまま中国ペースで事故原因も捜索もうやむやに風化されたくないという思いと、お葬式も出来ないこの状況下で寂しがり屋で目立ちたがり屋の兄への最後の供養として墓前に供えられればという思いから草の根的な活動をすすめています。勿論、遺骨の一つだけでも見つけ出したい気持ちは山々ですが。。』私も友達として、なにかしてあげたい気持ちでいっぱいです。友達のIくんは中国が大好きで、19歳から中国一色の10年間でした。大連で仕事をしていた彼は、今回、久々に北京に行くことをずいぶん楽しみにしていました。私としましては、そんな彼への署名は、彼と同じように中国を愛する人たちに協力していただいきたいのです。テレビでの報道もたった二日間くらいで終わり、ネットのニュースを毎日更新して、ため息をつくことしかできなかった今までは、友達として本当に苦しいものでした。このメールを見て、協力してくださる方が少しでもいらっしゃれば幸いです。どうか、宜しくお願いします。(引用はここまでです)このあと、署名の御願いへと文面は続きます(2002年のメルマガから)」
中国で20代を過ごしたIさん。生きていればいま37歳で家族もできて人生の充実期を迎えていたはず。不幸な事故がなくなるよう祈るばかりです
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