洛陽2001年4月30日(月)

Dさんは2001年のゴールデンウイークに北京に出かけ、現地で留学している老同学と洛陽へ小旅行に出かけます。

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今日の夜から洛陽に行くことになっていた、硬臥(二等寝台)を予約しておいたのに、旅行代理業者(編集注:弊社ではありません)のミスで硬座(二等座席)の席になってしまったとM同学から連絡が入った。「大丈夫?」ときかれたが僕はまだ硬座を味わったことが無いのでなんともいえないが、かなり試練の旅になりそうだ。
お昼ちょっと前にホテルをチェックアウトし、スーツケースをゴロゴロ転がしながら語言の中を歩いていると、日本人の男性から突然声をかけられた。日中学院で僕を見かけたという人だった。その人も僕が本科生だった頃別科にいたらしく、覚えていてくれたらしい。M同学とも知り合いだったので、一緒にお昼を食べた。午後、M同学は授業だというので、その間郵便局に行ったり買い物をしたり、あとは彼の部屋でボーっとして過ごす。4時にM同学の授業が終わり、5時半にU同学と人大の前で待ち合わせてから北京西駅へ向かう。
列車は19時30分発。駅でご飯を食べていたら、ちょっとギリギリになってしまった。でも一応席はあるのだから、と安心していた...僕らが馬鹿だった。列車にいってみると乗車口から人があふれている。もう発車のベルが鳴るというのに、人が乗り切れない。何でこんなに人がいるんだ???そう思っている余裕もなく、僕らは人民を押しのけて中に乗り込んでいった。一瞬「帰りたい...」と思ったけど、もうここまできたら仕方がない。
冷静に考えてみれば、中国は五一節(メーデー)で明日から7日まで連休なのだ。(新聞などでは日本の呼び方を真似て「黄金周」といっているらしい)だから、春節並の帰省ラッシュなのである。なんとか人を掻き分けて、自分の座席にたどり着いたが、当然のことながら誰かが座っていた。僕が指をさして「我的座位!」というと「几号!?」と強気に聞き返してきた。切符を見せて「八十五!」というと仕方がないな...という顔でしぶしぶ退いた。自分の座席でもないのに当たり前のように座っている根性がすごい。しかも「無座」なのに。
硬座よりもさらの下のランクに「無座」というのがある。日本の自由席みたいなもので、席が空いていれば座ってもいいし、空いていなければ立っていくのである。しか
し、中国の列車には自由席専用の車両というものがないので、彼らは硬座車両の通路などに立って目的地まで行くのだ。列車は乗車率250%以上の超満員状態。朝の東京のラッシュ時よりもひどい。「これで12時間も乗っているの?」いくらなんでも...と思い、周りの中国人に聞いてみるとみんな「洛陽」と答える。「無座」で洛陽まで行くの???
定刻の時間をちょっと過ぎた頃、列車は動き出した。車内はものすごい喧騒状態だった。僕の座った席は3人掛けのシートなのだが、なぜか四人座っている。しかも突然
シートの下に誰かがもぐりこみ、シートの下に横になった。僕の足元には人の頭がある。ちょっとでも足を後ろにやったら顔面を蹴ってしまう。僕の目の前には人が立って
いるし、もうどうにもこうにも動ける状態じゃない。トイレすらいけない。
人民を知るには「硬座」に乗るのが一番だといわれているが、本当だと思った。でもこんなに辛い思いをするのなら、知らなくてもいいよ。「硬臥」に寝ていきたい。早く洛陽に着いて欲しい。でもこの列車は「普快」という各駅停車の次に早い列車なので、見知らぬ駅にしょっちゅう止まる。いつになったら洛陽に着くんだろう?あきらめ気分で荷物を抱いたまま突っ伏した。帰りたいよ...。
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