五大連池 其の二

 「夏はかなり賑やかなんだけどね。」
 「とにかく五大連池は世界的に有名な観光地よ。」
 「なんてったって鉱泉水が有名だからね〜。」
 「体にいいから療養所もあるし、この土地の人間はみんな健康さ。」

こう切りだしたのはバンの中年夫妻で、旦那が運転、奥さんはガイドをして、
生計をたてている。かなり人の好さそうな感じではあった。
が、鉱泉水の有名さはともかくとして、ほかの言葉はどうも信じがたい。
いったいに中国人はとかく物事を大げさに説明する、ということをすでにこれまでの
経験から学び取っていたし、錆びつき、外れかかった「五大連池療養所」の看板、
落ち葉のたまった枯れて久しいちいさなプール、そんなものを車窓から眺めて、
言葉の大袈裟ぶりはいっそう高まってしまうのだ。

まあとにかく五大連池といえば鉱泉水と湖と火山であるが、日も暮れかかっているし
「長寿園」「益身園」と呼ばれる、鉱泉水の湧き出る名所へ先に行くことにした。

ここへいって、初めて合点がいった。そういや炭酸水も鉄分豊富だったじゃないか。
道理でそこら中錆びつくわけだ。建物も門も錆だらけ、それはすべてここの鉱泉水の
せいだった、それに秋の寂しさが加わって、一層さびれた印象にしているのか。

 「初めて飲むんだから、沢山はダメだよ、お腹壊すからね。」

いやあ、おばさん、言われなくても、沢山は飲めないな。
すごい色つき水。しばらく使わなかった蛇口からでてくる、例の赤い水そっくり。錆。
空のペットボトルに汲んで、一口含んでみる。ブ。かなり激しい。。。
あとの二人は飲みもしない。好漢を目指すワタシ?としては、引き下がるわけにはいかぬ。
グビグビっと、、、やっぱこれはかなりヤバイ。だがよく味わってみなければならぬ。
要するに、錆水だ。それに、舌が痺れるような炭酸が加わっている。そして、硬い。

最近、殆ど口癖になっている「大体分かった」というセリフを残して、一日目を終え、
ホテルにチェックイン。「暖気」と呼ばれる北方生活には欠かせない暖房に、まだ温水
が通っていないのにはまいった。秋とは言え東京の冬より寒い。震えて、寝た。

 「五大連池という所は、要するに、火山の噴火で形成されているのね。」
 「で、『石海』ってトコが、主要な観光地になってるの。そこから行きましょ。」

二日目は、まず「石海」へと案内されたが、とにかく一面溶岩で埋め尽くされていて
絶景であった。これはサル石だのあれはクマ石だの、そう見えなくもないが、
後付された名所よりも、まさに「石の海」の名にふさわしい広大な景色に圧倒された。
そこにカモメの模型なんかを置いてみるところがまた中国らしくて気にも入った。

しかし、なんといっても一番印象に残っているのは、やはり、五つに連なる湖。

 「秋の、北方の短い秋の、五大連池。」

木々は色とりどりに紅葉し、湖は鏡の様に冷たく冴え、山と紅葉の影をくっきり映す。
一面のすすき原は、風が吹く度にサワサワと静かなさわやかな音を立てる。
早くも木から落ちた葉の上を、一歩一歩、確かめるように、踏みしめ、歩く。
夕日に染まり始めたポプラの葉は、黄色を通り越して、黄金色に輝く。
その美しさ、束の間の秋を、五体で感じた満足感は、先月行った四川・九寨溝の一種
近寄りがたい美しさを、越えていた。

 「最初はどうなるかと思ったけどさ、」
 「うん」
 「来てよかった。」
 「うん」

「五大連池」という名前に惚れて、一泊二日でここまで来たワタシ。
名前ばかりじゃない。土地にも、惚れた。夏にまた来たい、そうも思った。

土産に、「五大連池ソーダ牛乳」を幾つか買って帰った。もちろん、飲んでみた。
錆味がする。やっぱ舌も痺れる。硬い。
けど、なんとな〜く、甘くて、切ないような気がしたのは、、、牛乳だからか!
                         (五大連池編おわり)
(2002年にメルマガで掲載したものです)
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