ハルビンの食事情 狗肉篇(完)

 では、ハルビン人は犬を食用にしか思っていないのか?いやいや、ハルビン
人の犬好きはまったく日本と同じか、もっとスゴイくらいなのですぞ!
 
 「愛犬撮影所」もあるし、犬専用衣服も売っている。ワタシの調査によれば、
毎月の収入が1500元を超える家庭には犬を飼う余裕があるようで、友人で
ある周清はスーパーの売り子をやっているが、月給は300元、でも旦那の収
入が1400元あるので、犬も小鳥も飼っています。

 夏になると、朝と夕方、そこかしこに犬を散歩させているハルビン人をみか
けます。とにかく、大好きなんですな。でも散歩してる前が狗肉専門店だった
りして。そうそう、バスで少し先に行ったところに「愛犬医院」というペット
病院がありますが、その二軒先は狗肉専門店です。裏で繋がってたりして。

 つまるところ、飼うのと食べるのとは別物なんですな。小鳥を飼っている家
で、鶏を食べるような感覚と同じかもしれません。事実、先程の周清ですが、
彼女の家へ遊びに行ったときのこと。ハルビン名物の腸詰めを美味しくいただ
いていたワシは、親父さんが手をつけないのに気がついて、「肉嫌いなんです
か?」と聞いた。いわく「や、オレは狗肉が好きなんでな」。
 その下でおこぼれちょうだい、と目を輝かせている愛犬はまるで眼中にない
ことから、ペットと食用に区別があることがよく分かります。

 と、まあこのように中国人口の大部分を占める漢族のハルビン人も大好きな
狗肉ですが、朝鮮族にはかなわない。漢族が狗肉を食べる程度は、日本人が冬
になって「フグでも食いますか」に近い。朝鮮族の人たちは、やれ客が来た、
夏ばて防止に、といつでも食べる。こんなことがあった。

 朝鮮族の友人に連れられて、ハルビン郊外の朝鮮族の農村へ遊びに行った。
話は違うが、朝鮮族の人たちが集まると、大変なことになる。どう大変かとい
うと、話す言葉が彼ら独特のハングル語になるのだ。しかも、中国語と入り混
じるので、どこがハングルでどこが中国語かまるで分からない。韓国人友達か
ら学んだ韓国語を使っても「知らないな、そりゃ」といわれてしまうし、実に
まいった。どっか知らない国に行ったみたいだった。ま、それはそれとして。
 おお日本人が来たか、と田舎の人たちはぞくぞく集まる。みんな気のいい人
たちで、ワタシもすぐとけ込み、麻雀など打ったりしていたのだが。
 「さて、飯でも食いに行くべか!」
 なんだかドキッとしたのだが、案の定「狗肉にしよう、狗肉に!」という事
になって、ついに狗肉デビューを果たしたのであった。っていうか、その店へ
行く途中、何匹か犬が繋がれていたのを見た。まさかあの犬のどれかでは。

 「おじさん、ちょっと聞きたいんですけど、なんか一匹足りないような。」
 「ハッハ、違うって。気のせいだって。」
 「本当ですか。」
 「ホントだって。〆てすぐは美味しくないんだって!」
 「そうなんですか、ハッハ!」

 と笑い返したが、それは彼らの文化を尊重するからこそであって、だから
一見なんの躊躇もなく狗鍋に手を伸ばしたのであったが、つくづく思うに、
ワタシって偉いなあ〜!!

 肝心の狗肉のお味であるが、ちょっと硬いし、スジスジしてる。あと、気の
せいかもしれないけど、やや乳臭かった。ので、沢山は食べなかった。かなり
残ったので、家へ持ち帰った。翌朝、煮なおした狗肉鍋に鶏肉を加えて朝食に
出されたが、どうにも、朝から食べる気はしなかった。

 「どうしたの、食べないの?」
 「や、朝はあんまり食欲なくて。」
 「狗肉は煮なおしたヤツだけど、鶏肉は新鮮だよ。」
 「???へ???」
 「昨日、外歩いてたのいたでしょ、アレ〆たの。」
 「あ、そうですか、ハッハ!じゃ、いただきます。」

 そうか、あのニワトリ、、、そうか、、、と思いつつ、弱肉強食のことなど
考えつつ、いただいた。フゴッ!かた!メチャクチャ硬いッス!

 「硬いでしょ、好き勝手に散歩させているからね。」
 「ははぁ、筋肉が発達しているというわけですか。」
 「そうそう、だから〆るのも大変でね。ハッハ!」
 「いや〜、そうでしたか、ハッハ!」

 なんというか、狗肉だけでなく、中国人の食材に対する目は厳しい!厳しす
ぎる!ペットと食用、どこが違うんだろう。しかし、我々日本人は、パックで
売られている肉しかみていない。ワタシは、自分が食べるために、果たしてニワ
トリを〆られるだろうか。なんとなく、考えさせられる朝食であった。
 ではあるが、何でも笑って食べられる自分ってホント偉いなあ・・・


★ 後日談

   これをきっかけとして、ワタシの食に対する見識は非常に高まって、
  以後、広州ではネコ、アモイではカブトガニなどに挑戦、さらに虫関係も
  どうってことなくなり、サソリ、バッタ、セミの幼虫、芋虫など一通り
  制覇した今、串焼き屋では必ず「すいません、蚕のさなぎ二串。」などと
  頼むようになり、昆虫蛋白を摂取する毎日である。