雲南旅行記

中国・雲南省へ行ってきました。
麗江〜大理は実は3度目ですが、西双版納(シーサンパンナ)は初めてです。

麗江(リージャン)は、中国56の少数民族のうちの一つ、
納西(ナシ)族が集住する地域です。

民族の文字、「東?(ドンパ)文字」は、象形文字の一種です。

古代中国の都市は、一般に四方を城壁で囲まれていましたが(なので読んで
字のごとく「城市」は今でも中国語で「都市」の意)、その昔「木」という人が麗江
を建設したときに、城壁、つまり「口」で「木」を囲むと「困」になっては縁起が悪
いということで、この街には壁を作らなかったそうです。

日本で言えば、尾道の景観に、京都とまではいかないな、倉敷あたりの雰囲気
を加えたところでしょうか。
北京や上海ではもう自分のイメージする「CHINA」を見つけられずに
がっかりした欧米人が、ここをを訪れたとたんに生き生きする、そういう街です。

麗江に初めて行ったのは99年の夏でした。
そのときすでに世界遺産に登録されていたと思いますが、
あらためて前回の写真と比べてみると、道や民家の屋根などがきれいに修繕され、
なんとなく街全体が洗練されているのがわかります。
でも一番の変化は、中国人の観光客がものすごく増えたということでしょうか。

そうそう、納西族にはパンみたいなものがあり、
水牛がいるのでモツァレラチーズも作るんです。
それを外国人向けにサンドイッチにして出しているところもあります。

ところでいつも旅の情報源として、オットが「Lonely Planet」、私が「地球の歩き方
を持って行くのですが、別にこの2冊が良いわけではなくて、ほんとうにすぐれた
万能旅行ガイドが見つけられず仕方なくなのです。
2冊で長所短所を補い合ってまだなんとも、ということがほとんどですが。

前者は歴史や背景の読み物が面白いですが、
地図がまったくダメで移動手段など実用情報に欠け、後者はその逆だと思います。

99年、私は、チベットへ行った足で四川省成都へ戻り、
そのまま夜行列車で攀枝花市という山奥へ行き、
さらにそこからバスで5時間のはずが
結局12時間ぐらいかかって山越えして真夜中に麗江に辿りついたのでした。

その間後ろの座席から突き出た中国人のオジサンの足が強烈に臭う臭う。
さらにその集団に旅は道連れ、同じ招待所に泊まろうと誘われたけれど、
これ以上はご勘弁を〜と思い
「外国人は星付きのホテルにしか泊まってはいかんのです」と逃げたのです
(いや、実際そういう時代がありました)。
実際泊まったのは世界最悪のトイレを誇る?ドミでしたが。

今は大理まで鉄道も伸び、そこからは比較的いい道路もできて快適なバスで
3時間以下で行けるので、もうそんな行き方をする人はいないでしょう。
なんで当時そんな行き方をえらんだのかさっぱり思い出せないのですが、
たぶん「歩き方」の仕業だったと思うのです。

しかし今の「歩き方」には、私の辿ったルートなどちっとも乗ってませんし、
昔よりもローカル食堂情報なども減ってるように思えます。
そういえば、近頃はそういう足で訪ね歩く旅をする大学生なども減ったと聞きました。
みんなパッケージなのだそうです。
確かに、今はこちらの方が安価で安心・手軽なのでしょう。

まあ、今や私も時間を金で買うような旅行しかできなくなりましたが、自分の足で
回っていたときのあの気持ちがいとおしくなつかしいです。

急ぐあてもないのに先に進まなきゃと思ったり、
一人のゴハンはやっぱり淋しかったり。
旅先で会った人とその後何年もやり取りしたり。
そういう経験、時間があるうちにしないのはもったいないと思うんだけどなあ。

…綺麗になった情緒たっぷりの麗江は、オットにとっては期待以上だったらしく、
上機嫌で登った展望台兼寺の中で、掛け軸を3本も大人買いしてしまいました。
ほとんど誰もこない場所で、もしかすると店の大将にとっては半年分ぐらいの
売り上げだったかもしれません。
おかげでその後の旅行中ずっと、一寸法師のように背中に筒をななめ掛けで
移動するはめになりました。
さて、麗江から、喜洲や周城など小さな鎮を巡りながら大理まで移動しました。

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