カナリア帯走失敗記其の二

努めてさりげなく、籠をもってゲートをくぐろうとしたその時。「それはダメです。」とおばさん。わたしは「あ、すみません、説明するのを忘れていました」と平静を装い、内心では「いよいよ来なすったか」と戦闘開始の準備を始めました。(予想通りといえば予想通りなのだ。今までが順調すぎたのよ、これからが腕の見せ所!)落ち着き払ったように、「一件ずつ説明します・・・」とおもむろに学校からの書類を取り出します。
まず、在学証明書を見せ、聞かれもしないこと、名前から趣味まで一通り自己紹介する。ねらいは、懐柔。親近感を持ってもらうため。次に、林業庁への紹介状を見せる。そして、ここの科長の名前をだし、このような「どこにでもいるカナリア」などに証明書など要らないことを(ウソ)100回くらいくり返し、強調。そして最後に切り札、学校が書いてくれた証明書を見せる。「ホラ、日本が要求してるのは、インフルエンザの有無だけなんです。林業庁の科長がいいっていったんです(ウソ)。学校の証明書だけでいいって(ウソ)。書いてあるでしょ?どうですどうですハンコもあるし正式なんですよ。」
ここで、余裕の笑いを浮かべてみせる。ついでにふんぞり返って、腰に手を当ててみたりもする。これが、ずっと考えていた方法で、わたしの中では絶対の自信がありました。色好い返事が返ってくるはずです。ところが・・・。
「ダメです」「生き物持ち出し、ダメなものはダメ」。・・・手強い!「正式」と「ありふれたカナリア」をくり返すも、相手は「ダメ」の一点張りです。騒動好きな中国人、騒ぎを聞きつけて、次から次へとやってきます。人の好さそうな職員にいってみてもやはり「ダメ」。
(こうなったら、相手に無理難題を押しつけて、飛行機に乗せざるを得ない情況にしてやる〜)これまた以前から考えていた技を繰り出しました。 「・・・ダメなのですね、分かりました。それでは・・・ 8月31日までここで世話をしてください。餌はあります」相手の反応を見ると、案の定困っています。しかし私はさらに続ける。
「大学は夏休みで、学生は誰も残っていないし(ウソ)、先生もみんなお休みに入っています(ウソ)。」「世話する人がいないんです。死んだらどう責任をとっていただけるのですか」こちらも命がけです、どうしても通してもらわないと困るのです。しかし、相手も責任がかかっているのでしょう。困った顔をしてはいても、答えはやはり、「ダメです」。時計を見ると、刻一刻とフライトの時間が迫っている・・・「かくなる上は・・・。」私はついに最終奥義を繰り出すことに決めました。右手を左手でかくし、すなわち拱手の礼をし、さらに空港の冷たい床へひざまずき、「お願いです!わたくし一生のお願いでございます!」と何度も叩頭する。普通、日本人でしかも女性客がここまでやるとは思わないでしょう。わたしもまさかこの奥義をつかうはめになるとは思っていませんでした。
当たり前ですが係員は驚き、絶句状態。
わたしも最終奥義を繰り出したらあとは何もないので、一生懸命床にひざまずいて叩頭し、相手の反応を待ちました。しかし最終奥義もろくも崩れ去る・・・。
「立ちなさい・・・ダメなものは、だめなんですよ・・・」
・・・やることはすべてやったあとの脱力感にしばし呆然。もはやこれまで、と思い始めたとき。捨てる神いれば拾う神あり、というかわたしの馬鹿な行動を見て同情してくれたのか、終始無愛想だったお兄さんが笑顔で
「分かったよ。私が大学まで責任をもって届けよう。だれかしらいるだろ?電話番号を教えてくれ」と、かなりの難役を快く引き受けてくれることになりました。
「ありがとう、ありがとう!」もって帰れないのであれば、それ以外に良い解決方法はありません。またも拱手の礼をし、知ってる限りの語彙でお礼をし、籠と餌を託しました。時間ギリギリまで粘っていたので、お礼もそこそこに立ち去り、新潟行きの飛行機へ駆け足で乗り込みました。
日本へ着いて真っ先に大学へ電話したところ、お兄さんがすぐにカナリアを届けてくれたとのこと!
おまけに、夏休みの間、学校の先生が面倒を見てくれることになりました。わざわざ届けてくれたお兄さん、世話をしてくれる先生、なんてステキな、心優しいひとたちなんだろう!わたしと来たら、自分のことばかり考えていて、本当に恥ずかしくなる。
それに、後で冷静に考えてみました。あの小さなカナリアが、気圧の変化に耐えられるかしら?人間だって耳抜きをしなければならないし、エアポケットに入れば気持ち悪くなる。それになんといっても、中国生まれのカナリアは中国でまっとうするべきだ、と。
もう手放せないほど愛着の湧いてしまったカナリアだけど、ハルビンカナリア好き、例えば茶館の軒先に籠を沢山ぶら下げているような、そんな人に世話をしてもらった方が幸せかもしれない。そういう人を探そう。
そう決心して、これにてカナリア帯走失敗記は終わりです。でも・・・3000元の二胡を持って帰るときはどうなるんだろう。また新たな最終奥義を編み出さねばならないのだろうか。今回でだいぶ燃え尽きてしまった私に、一抹の不安がよぎります。(カナリア帯走記おわり)
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