中国の病院編

以前、東北の某都市で留学していた時は、病院のお世話になったことはなかった。かつて体験したことのない寒さと乾燥のため、一年目は、とにかく風邪ばかり引いていたが、病院に行くよりも市販薬を飲み、ひたすら寝ていることを選んだ。ほとんどの学生が日本で、留学生用の保険に加入していたが、正直言って、中国の医療というものに対する信用度はあまり高くなかったので、実際に保険を使って通院した学生は少なかったように思う。
以前、一人、同級生が外出中に倒れて救急車で救急病院へと運ばれ、入院したという、話をしたことがあるが、詳しくお話ししよう。病院に運ばれた彼は、まず保険に入っているかを確認され、救急病棟へと運ばれた。食事はなしで、24時間点滴、24時間体制で付き添いが必要だといわれる。点滴も付き添いの人が見ていて、終る頃になると看護婦さんを呼ぶのだ。そこでは点滴と注射、検査以外のことは、何もしてくれなかった。ベッドの横のテーブルには、毎日ずらっと10数本の点滴と注射が並べられ、お医者さんは、誇らしげに「これは、ぜーんぶ彼のだ。どれも輸入品だから高いんだぞ、保険があるから、安心だ・・・」と、やけに嬉しそう。検査では、すい臓が悪い、肝臓が悪い、胃腸かもしれない、と二転三転し、どこが悪いのか、ちっとも明白にならなかった。
そこは救急病棟であるだけに、救急車が着くたびに騒然とし、夜中に交通事故の人が運ばれてきたりと、とにかく一日中、騒がしい場所。ガラス張りのだだっぴろい部屋にベッドが10ほど並べられており、部屋の真ん中にICU室が区切られている。そして、なぜかICUもガラス張り。廊下から、病室からICUの治療風景まで全部丸見えなのだ。新生児室じゃないんだから・・・と思うのだが、とにかくその病院は、全病室と診察室が全てガラス張りであった。腸の洗浄室までガラス張りで、さすがにそこは全面に紙が貼られていたが、どういう意図でこうなっているのか、全く不思議な場所であった。
ふと消毒薬の匂いに振り返ると、看護婦さんがバケツで液体をまいている。噴霧器ではなく、手で、ビシャッ、ビシャっとまいているのだ。匂いで消毒するんじゃないぞー、それじゃぁ効果がないでしょー、と思うが通路にだけまいて、消毒タイムは終ってしまった。うーーーむ、恐るべし中国人、何かが違う。
入院後、彼の身体はだいぶ元気になったが、精神は日に日に参っていく。お見舞いに行くと、夕べは事故で何人運ばれて来た、とか、その前はICUで御年寄りが亡くなった、とか、くらーい顔で話してくれる。夜中に、ピー、ピー、という心拍音が聞こえるんだよ、で、ピーーーーーってなったと思ったら、お医者さんと看護婦さんが、飛んできて騒がしいし、こんなに近くで人が亡くなっていくと思うと、怖いし、気が滅入る、これじゃ、健康な人だって具合が悪くなるよ・・・とホンキで言っている。
ある時、昼間付き添っていると、ICUがいっぱいだったため、彼の隣のベッドに瀕死の御年寄りが運ばれてきた。ゼイゼイ言っていて、時々呼吸が止まり、見るからに危険な状態で、看護婦さんが衝立を立ててくれたが、心臓のモニター音が聞こえてくる。それが、ピーーーーとなったと思うと、家族が大声で泣きわめいている。1mの至近距離で人が亡くなる環境では、病人でなくても参ってしまうではないか。
またある時は、交通事故で運ばれてきた人が、治療費が払えないと言ってモメていて、血をダラダラ流しているのに、治療を受けられなかった。ベッドの上で、「俺は貧しい、金がないから死ねと言うのか」と、バタバタと暴れており、その内に嘔吐を始め、異臭が漂ってくる。そして最後にぐったりと動かなくなり、看護婦さんがベッドを病院の外へ運び出していった。一体、彼はどうなってしまうのだろう。
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