8月17日(金)ラサー成都ー広州(予定)

向かったのはその名も機場賓館。
しかし賓館とは名ばかりの、3階建ての「建物」である。
そこの1階食堂に、乗客が”いつも通り”一斉に殺到している。
チケットを見せると弁当の引き替え券を貰え、そこから今度は 厨房で
弁当を手渡される。

食堂内の席はすでに満席。円卓を囲み、それぞれが楽しそうに弁当を
ほおばっている。 席にあぶれた人達は、外の庭園でベンチに座ったり、
花壇の塀に座って弁当を広げたりと、ちょっとしたピクニック気分。
それらの場所すら取れなかった我々は、食堂入り口の脇に、どこぞから
持って来たプラスチック製の椅子に、車座になって座る。
偉「ちょっと待って。落ち着いたら、べんと、貰ってくる。」
しかし人はいっこうに減る気配を見せず、意を決した偉さん、引替券を
ゲットしに、食堂に入る。

そ「揉めとーよ。」
見ると、我々10人分のチケットをまとめて引き替えに行った偉さん。
空港職員のお姉ちゃんに、「券 1人1枚よ!」と言われ、
口論の真っ最中である。

人の波が途絶えてからようやく券を貰え、お弁当をみんなに配る。
さて中身は?と早速、発砲スチロールの弁当箱を開けると、何だか分から
ない肉とにんにくの芽を炒めた菜の『ぶっかけご飯』。
味は「思った通り」。
私が1年間の北京生活で最後まで慣れなかった、あの「ご飯」の味がして
ある意味、懐かしい。
半分も食べずに蓋を閉める。

そ・り「先に空港に戻ってもいいですか?」
せっかくのこの時間。無駄にはしたくない。空港に長居できるなんて普段
では決してないこと。周辺の景色も見たいし、空港内も見てみたい。
ガイドの偉さんも、もう私達にはお構いなしなので、まだ食事中の皆を残
し、二人でさっさと歩きだす。

空港近辺にはな〜んにもない。周囲360度を山に囲まれ、真っ青な空に
真っ赤な五星紅旗がはためいている。
(いい所だな・・・。)
改めて実感する。
立ち入り禁止の空港の整備場を覗いたり、建物の中に飾られた立派なタン
カを見たりしながら、再びボディーチェックを受け出発ロビーに戻る。

偉「故障、ここでは直せない。これから整備士が部品持って成都から
来る。今、飛行機 飛んだって。」
り「今から来るの?! 成都から?!」

私達がまさに行こうとしている、その「成都」から、部品と人が来るのか?

偉「あいよ〜。成都からチベットまで2時間。それから修理。4時には飛
んでくれないと、私、今日の夜、仕事ある・・・。」
り「仕事? 別の添乗?」
偉「そう。日本人90人のツアー。三狭下りね。あと空港で次のチベット
ツアーの人達の入境許可書、渡さなければならない。」
そ「間に合うの??」
偉「分からない。船、間に合わなければ夜行バスに乗って船、追いか
ける。明日の朝、停泊する所で船に乗る。」
そ・り「辛苦了・・・。」

そうと解ればあと最低でも2時間は飛ばない。
腰を据えて待ちの態勢となる。おじさんやクレオパトラのおばちゃん
は睡眠。
23,24才の二人はさすが関西人。それぞれが各メンバーの所で、世間話
しに 花が咲く。
私とそーねいは、これはもう話は尽きない。恋愛相談から格多やラー
ルー、次丹の話題、将来の事など話し合う。
そこへ23,24才コンビも加わり、その時初めて24才は看護婦、23才は色
彩の研究家という事を知る。
そしてあのおじさん、おばさんカップルは一体どういう関係なのかを推
理したり、あの1人で参加の謎の彼は新聞記者だということなども判明
し、それなりに楽しむ。

ふと見ると、そーねいが隣に座っていた女の子2人組と何やら親し気に
会話をしている。

そ「ねぇ、この子達、個人で来て、チベットに10日間位おったらしい
  よ。」

聞けばばまだ大学生の2人組。中国語は全く喋れず、中国に来たのも初
めて。
お金も節約に節約を重ね、ただひたすらガイドブックを頼りにここまで
来たらしい。
二人とも痩せてちっちゃくて、可愛らしい感じの子。よくぞここまで無
事にたどり着いたもんだと感心する。

り「体とかはだいじょうぶ? 危ない目にはあわなかった?」
2「はい〜。それがもう、二人ともめちゃくちゃ健康で・・・。お金が
  ないから一人前のご飯を二人で分けて食べてたら、食堂のおばさん
  が見兼ねて、色々食べさせてくれたり、僧侶と仲良くなって入場料
  タダにしてもらったり・・・。私達、ツイテルみたいです〜。」
そ・り「へぇ〜・・・。」

この後二人は雲南を目指すらしいが、どこがいいのか、どうやって行っ
たらいいのか判らないとの事。早速、相談にのってあげる。
偉さんも巻き込んで、何とか安く安全な方法をと考えるが、偉さんにと
っては飛行機という便利な手段があるのに、何故それを使わないのか、
金持ち日本人の貧乏旅行が理解できないらしい。

そんな風にして、狭い待合室の中、昨日まで全く知らなかった者同士が
出会い、 言葉をかわす。同じ日本人が、なぜ日本で会わずこんなチベ
ットの空港で会う のか? しかも、飛行機が遅れたからこその結果であ
る。
私が旅をやめられないのは、こんな所にあるのかもしれない。

そ「チベット仏教は生まれ変わりを信じとるやろ。だから格多達も言っ
とったけど、私らが出会えたのはやっぱり”縁”なんよ。それも前
  世からの縁。でなくちゃ日本とチベットで、どうやったって接点な
  いし、 会ってもこんなに友情が続くこともないと思うんよね。」
り「そうなんだ・・・。でもそうだよね。横浜に住んでいる私と、下関
  に住んでいるそーねいが、毎年こうやって旅行するようになったの
  も”縁”があるからなんだろうね。」
そ「ここでこうして出会った人達、全てが縁で運命なんかねぇ・・・。」

チベット
高地なだけにやはり神に近いのだろうか?
妙に宗教的な思考回路になってしまう。
この地に宗教が根付いた理由が少しだけ解った気がした


そんな事を話していたら、キーンという金属音と共に1台の飛行機が滑走路
に降りてきた。
やっと成都から整備士と部品が到着したらしい。
この時すでに時間は15時。7時間遅れである。
全「はぁぁ〜・・・。やっと・・・。」
偉「これから修理ね。」

ところがすぐに成都行きの搭乗案内がTVの画面に現れ、アナウンスも
ながれるではないか! みな一斉に歓声をあげ荷物を持って立ち上がる。
偉「ちょっと待って!これ、違う。」
よく見ると飛行機の班次(FLIGHT NO.)が違っている。そしてよく聞くと
アナウンスも私達の次の便のアナウンスをしている。
1時間程前に着いていた便に、後の便の乗客乗せて先発するらしい。
全員「一体どういうこと?!」

何故自分達の後の便が先に飛ぶのか?
だったらその飛行機に先に我々を乗せるべきではないのか。みな大騒ぎで
ある。
貧乏旅行中の女子大生二人組は、この飛行機のチケットを取っていた。
二人「ええ〜!? 私らの方が先なんですか?いいんですか?ホントにこれ
に乗っちゃっていいんですか?」 
そ・り「いいの、いいの。早く早く!!」
突然の順番変更におおわらわである。 

待合ロビーは空港職員と乗客の間で一触即発状態。険悪な空気がながれる。
偉「広州、間に合わないかもしれない・・・。」
そうだ、忘れていた。今日は広州まで乗り継ぎで行かなければならなかっ
たのだ。 でもそれ以前の問題。成都にさえ着けば、あとはどうとでもなる。
最悪、明日の朝一の広州行きに乗れば、日本までの便にも間に合う。
でも、このチベットを脱出しないことには・・・!

あせりと不安と怒りの中、更に待つこと1時間。
やっと、ようやく、私達の飛行機の搭乗が開始された。
中国人達の「あいよ〜!」の嵐の中、我々日本人の「はぁぁ〜。」という
溜息が混ざる。 この8時間の苦労を共にした者同士、妙な連帯感がうまれ、
日本人・中国人を問わずなんだか目が合うと微笑みあってしまう。 それは
「いやぁ、参りましたなぁ。」とか「お互い、よく辛抱しましたなぁ。」
「良かったねぇ・・・。」といった感覚。
言葉が通じなくたって、こういう時の気持ちは目で通じてしまうのだ。

ふと気が付くと、私達と同じホテルに泊まっていた別の少人数ツアーの
人々がいるではないか。
そ「あれ? 同じ飛行機だったんですか?」
別「ええ。本当は朝8:30頃の飛行機だったんですけど、空港に向かう
途中で飛行機が故障で飛ばないと聞いて、じゃあ空港に行っても仕方が
ないからって、街中を観光してたんです。」
そ・り「ええっ!」
別「朝からずっと待ってたんですか? ここで? まあ、大変だったですねぇ
・・・。」
ガイドの偉さん。しっかりしてくれよ!!

飛行機はすでに滑走路に止まっているので、待合室からはバスに乗っていく。
このバスに乗るにもまた一騒動。1台のバスに乗客が殺到し、そのバスに
乗りそびれて慌てまくった他の乗客がまた、後からヨタヨタと走ってきた
2台目のバスにも殺到。私達なんて、とても乗れたもんじゃない。
すると同じく乗りそびれた中国人が一言。
「走[口巴]!!」
飛行機に向かって走り出した。
それを見た他の中国人達も我先にと後に続く。

り「そ、そーねい!走っていくよ!!」
そ「ええっ!う、うちらも行くよ!」

なんと、乗客が次から次へと大きな荷物を抱え、滑走路の中を突っ走っていく。
そ・り「うわはははは!」
二人共、大笑いしながら中国人の後について走る。まわりの中国人も愉しそう。
他に、離着陸する飛行機が絶対ないと判っているから出来た事。これを成田
なんかでやったら大変である。そもそも、滑走路など一般人が自由に出入り
できる所ではない!

先に出た1台目バスをも追い越し、走ってきた人々が飛行機に一番乗りである。
電車の駆け込み乗車はしょっちゅうだけど、飛行機に走って乗ったは初めて
だった・・・。

タラップの入り口に並んでいると、脇の芝生に作業着を来た男性が4人、
しゃがみこんでいる。そのうち1人は小さな工具箱の上に座り、ボーっと
乗客を眺めている。
り「ねぇ、あの人達、整備士かな?」
そ「うわぁ・・・。だいじょうぶなんかね?」
り「っていうかさ、あんな小さな工具箱、1つで直る故障だったわけ??」
それで我々は8時間も待たされたのか?!

後で判ったことだが、チベットの空港には整備士という人がひとりもいない
らしい。 だから部品も置かない。 何かあったら全部、成都から持ってこな
くてはならない。
また、この西南航空。飛行機の予備がないとのこと。1台故障したからと
いってスペア分として待機している分を飛ばせるという事ができず「故障
したら直して乗る」しかない。
ゆえに安全点検は非常に厳しく、少しでも異常があれば飛ばせず、特にこの
成都ーラサ便は慎重で、今日まで無事故でいるのがご自慢らしい。

やっと座席に着き窓から外を眺めると、さっきの整備士達が見える。
乗客全員が搭乗すると、空港職員達が集まってきて、この整備士達と熱い
握手を交わしている。
一番エラそうな男性から、一人一人、肩をポンポンと叩かれ、整備士達も
この飛行機に乗ってきた。

り「そーねい! あの整備士、この飛行機で帰るらしいよ!」
そ「来て、すぐ帰るんかね。」
り「自分が修理した飛行機に乗って帰るって、どんな気持ちだろ・・・。」
そ「自分が乗るんだから、ちゃんと直さんとマズイやろね。」
乗って来た整備士達に、乗客も熱い視線を送る。

乗客が全員搭乗できたかどうかは一目瞭然。待合室には、もう誰もいない。
機内放送は8時間も遅れた事を特に詫びもせず、何事もなかったかのように
飛び立つ。

あんなに夢こがれていた西藏と、こんな別れ方をするとは思いもよらなかった

                         (つづく)
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