寧夏・内蒙古 編

海宝塔
市内の観光案内は例によって市販のガイドブックに譲って、次に、海宝塔
を観光中に出会った職人さんの話をしよう。海宝塔は、仏教を信仰してい
大夏の国王、赫連勃勃が建立したという記述もあり、これが事実だとす
ると5世紀始めに建立されたということになる(実際には、創建年代は不
詳)。もちろんその後何度も改修を重ね現在に到っている。

現在では海宝塔寺という重点仏教寺院に指定されており、お参りにくる人
も多い。市中心部を離れた静かな境内には塔のほかにも大雄宝殿をはじめ
いくつかの寺院建築が点在している。その中のある薄暗いお堂の隅で、職
人さんが静かに黙々と観音像に金箔を貼っているのを発見。
金箔の台紙を裂く「シャーシャー」という乾いた音がお堂に響く以外、何
の音も聞こえない。金箔は観音像に吸い寄せられるように貼りつき、細部
の皺は刷毛で見事に伸ばされていく。薄暗い堂内にあって観音様の金箔を
貼り終えた部分だけがぼんやり浮かび上がり、おおよそ非現実的な空間だ。
初めて見る職人技に興味津々の我々だが、堂内の静けさと緊迫感に圧倒さ
れ、しばらくは息を殺しながら見入っていた。

どれくらいたってからか、突然の話し声と足音が堂内に響き、一瞬にして
現実に引き戻されてしまった。中国人観光客3人がどやどやとお堂に入っ
てきたのだ。彼らも金箔貼りに興味を持ったらしく、床に落ちた金粉を手
に取ったり、職人さんに声を掛けたり…。挙句、「ちょっとやらせてよ!
」の一言。私はこういう彼らの積極性を高く評価しているのだが、今回ば
かりは少々興ざめた。毎日こういう観光客の相手をしながら仕事をするの
は、きっと大変だろうなと、少々気の毒に思えてくる。勝手に金箔に手を
伸ばそうとしたところを職人さんに「ダメ!」と強い口調で言われ、彼ら
はいそいそと立ち去っていった。

そんなこともあってか職人さんの表情が和らぎ、「ふぅ〜」と一息ついた
様子に見えたので、我々も少し話しかけてみた。彼は寧波の仏像職人で海
塔寺に収めた数体の仏像に金箔を貼る仕事を担当している。金箔を貼っ
てから搬送すると痛むので、現地に赴いて作業するそうだ。彼は仏教徒
はないようだが、一ヶ月ほどの滞在期間中はお坊さんと寝食を共にする。
寧波には仏像職人が多く、その技術も相当に高いそうだ。また、数年後に
は上海〜寧波間に大橋が掛かり上海まで一時間で行けるようになるとか…。
いつの間にかお国自慢がはじまっていた。

そういえば、以前我々は、上海から寧波に行こうと船のチケットを買った
ことがある。杭州湾をはさんで対岸の二都市は火車(鉄道)で行くと大回
りになるので船を選んだのだが、当日早朝、霧がでて船は出港できなかっ
た。それ以来、未だに寧波へは行っていない。職人さんの寧波自慢に耳を
傾けながら、なんとなく「大橋ができる前に寧波へ行きたいな…」と考え
ていた時、職人さんがにっこり笑いながら「ちょっと貼ってみる?」と金
箔と筆を我々の方に差し出してくれた。が、観音様の顔に皺をつけてはバ
チが当たると思い、遠慮しておいた。
                       (つづく)
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