オフィス編その2

私の会社は中国人同士でもイングリッシュネームで呼び合っている。そしてなぜか、ホンモノの外国人である私だけが、「センベン」と中国名で呼ばれるという、逆現象が起きている。スタッフに、センベンなんて響きが悪いわ、イングリッシュネームをつけなさいよ、と言われたが、いくら中国であっても、私には「My name is Vivian, please call me Vivian」とは、とても言えない。お願いっそれだけはカンベン、とばかりに「センベンでいい」と言うと、「じゃあ、あんたはアメリカに行ってもセンベンなの?」と聞いてくる。あのね、センベンは中国語で、本名は違うのよ、と説明すると、「じゃ、センベンって何?あんたの名前じゃないの?」ときた。だーから、それは中国語の発音で・・・といくら説明しても、通じない。一般の中国人には、日本や韓国で漢字の発音が違うという概念がないのだろう。分かったのか分からないのか、「結局のところ、あんたの名前は何なの?」と、苛立たれてしまった。怒らなくたっていいじゃん、と思いつつ、日本語の名前を答えると、「センベンよりずっと良いわ!まるでイングリッシュネームみたい、これからはそう呼ぶね!」と言われたが、イングリッシュネームみたいも何も、それが本名で、中国以外の国では、本名で通してるんだっちゅうの、と言ったところで分かるまい・・・。そしてその後も、やはり私は”センベン”のままで、すっかり定着している。別に彼女達をイングリッシュネームで呼ぶ分には全く構わない。確かに、ねぇ、レイチェルって呼びかける時、一瞬、気恥ずかしいが自分が呼ばれる訳ではないから、良しとしよう。中国人の名前は覚えづらいので、その方が却ってありがたいとも思う。が、イングリッシュネームは、あくまで社内の通称に過ぎないので、外からの電話は、彼女たちの本名で電話がかかってくるのだ。電話をうっかり取ってしまって、王さんを・・と言われても、誰の事なのか、さっぱり分からない。とりあえず、「ねぇ、王さんに電話」と、言ってみると同時に何人も振り返る。うっっ、しまった、どうやらこの会社に”王さん”はいっぱいいるらしい。「どの王さん?4人いるんだけど・・・」と、言われても、そんなの知るかっっ、君らの本名なんて聞いとらんわっっと思いつつも、こんな私も一応は、謙虚が美徳とされる日本人、「わかんない、ごめんなさい」と、謝ってしまう。なんだかなー、一体、とため息が出てしまうが、友人たちの話を総括しても、中国の外資系企業は、どこもこんな状況らしい。
先日のこと、入社したばかりの青年が、仕事中にいきなり、「ねー、センベン、君は日本が中国を侵略したことを知ってる?」と、笑顔で聞いてきて、社内が一瞬、シーンとしずまりかえった。どうやら、その彼は、これまであまり日本人と接したことがないらしい。「社長に聞いてきたら?」と、ノド元まで出たが、それも大人げ無いので、「うん、知ってるよ」と、そっけなく答えたら、「ふーん、侵略のことは、日本の学校でどんな風に教えるの?」と続く。中国人に囲まれた状況で、日本の戦後教育を語るのは、母国語だって難しい。この手の話は、私の語学力以前の問題なのである。うーん、どうって・・・と言葉に詰まっていたら、隣の中国人スタッフが、「よせよ、そんな事聞くのは失礼だろう」と、助けてくれた。すると、「ふーん。じゃあさ、これから毎日、俺に日本語を教えてよ、俺、日本語を勉強したいんだ」と、ちっとも悪びれていない。どうやら悪気はないのだが、場の雰囲気を読めないタイプのようだ。別のスタッフが、「あんたねー、日本語の前に、礼儀を勉強しなさいよ!!」と怒っているのが、おかしくて、つい吹き出してしまった。しかし他のスタッフに、そういった気まずい思いをさせられた事は一度もない。中国には、日本人がキライな人も沢山いる。無論そんな人ばかりではないが、嫌いな人はトコトン嫌っているのを感じる。以前、北京で行った美容院のお兄さんは、私の髪を切ってる間、ずーっと、「僕タチ中国人」がどれだけ「君タチ日本人」をキライで恨んでいるのか、ということを、得々と説いてくれた。南京出身だというその青年は、ちゃんと職務をまっとうしてくれて、手鏡を渡しながら「気に入っただろう!良く似合うぞ」と自信満々である。鏡の中の、ちんちくりんな髪型になった自分に愕然としたが、ここで日本人嫌いの相手に文句を言う勇気は、とても持ち合わせていない。「ありがとう、とても気に入ったよ・・・」と、力なく答え美容院を後にした。あれは恐らく、彼なりの復讐だったに違いない・・・。
以前いた東北地方では、歩いていて石を投げられた日本人もいるし、これまでいやな思いをした事も数えきれないが、今の会社のスタッフは例の青年が時々爆弾発言する事を除けば、みな友好的で親切である。
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