日本人留学生いろいろ 其の三

もう一人、紹介したいのはYさんという、50歳の女性。中学校の国語教師を
していたのだが、とにかく以前から中国語が好きで好きで、毎年夏休みを利用して、
短期でハルビンに来ていた。が、それだけでは飽き足らなくなり、また教師生活に
もほとほと嫌気がさしてしまったらしく、ついに教員を辞職、本格的な長期留学を
することを決意した。彼女にとって、好きな中国語を毎日勉強できるだけでもう幸
せなのだが、いつか日本に戻って、中国人留学生を面倒みたいという、ボランティ
アの夢も持っている。
 だが、暑がり&寒がりという欠点があって、厳寒のハルビンの冬には耐えられない、
といって、帰国してしまった。大阪の人なのだが、大阪の夏もやはり暑すぎて耐えら
れない。というわけで、今年から、気候のいい5月から来て、涼しいハルビンの夏を
過ごし、10月あたり寒くなったら帰国する、というパターンを繰り返すそうだ。
 ハルビンに渡ってくるツバメも、5月に来て10月に帰る、あまりにそっくりな
生活パターンであるので、他の日本人は彼女を「ツバメ」と呼んでいる。

 夢だけあって、金も精神的余裕もない我々脱サラ組と比べてかなり優雅な生活で
あるが、働いた年数もキャリアも違うので、こりゃしょうがない。が、日本人留学
生の中で一番優雅に過ごしているのは、やはり退職してから留学に来た「退職組」
でしょうな。
 年齢は60歳前後が一番多いのだが、彼らはもうすでに家を持ち、子供達も一人
前になっているので、あとはただ自分のしたいように、自己満足のために勉強した
いと、毎日語学に励んでいる。

 留学生の中で一番多いのは、やはり大学を休学しての留学であるが、数えてみる
と、けっこういろんな人がいるもんだ、と改めて思う。

 いずれにしても、滞在4年、5年という長老は別として、殆どが長くて2年の長
期的にみれば短期滞在留学生ばかりで、入れ替わりが激しい。学期末に帰国する人
がいれば新学期に入学する人がいる。しかし一番別れが辛いのは、ここで知り合い、
つきあい始めたラブラブ若人たちであろうな。しかし意外にもクラッシュ率は低く、
遠距離で続いているカップルは多い。それでこそよし!
 さて、来年3月、新しく来る日本人留学生に、脱サラ組はどれ位いるか。
 
 次の学期が終わる頃には、ワタシもCDやVCDを買い漁っているだろう。ふくれ
あがった荷物をどう処理することやら。K玉さんもYりちゃんも帰国準備に忙しい
だろう。
多くの老同が帰国、世代交代といった感じだが、いろんな人が、いろんな体験を、
ここハルビンでするのか、と思うと、なんだか楽しいような気もします。


★ 後日談

  今年は去年とは違い、暖冬もいいところだった。今年こそ、バナナで釘、バラ
粉々実験をやるつもりだったのに。また、新来のなかで脱サラ組は皆無に等しく、
殆どが大学→休学→留学の若いメンツだったので、ちょっとガックリきた。
 
  この学期で帰国した面々のその後はさまざま。

  M木くんは、本科で4年勉強してかなり本格的な中国語を話せるようになって
 いたが、帰国した後はホストクラブで働くことに。社会経験は必要ではある。
  お見合いをする、といっていたY田さんは、ホントにお見合いをして、すぐさ
 ま相手も見つかり、結婚式の日取りまで決まってしまった。なんて実行力のある人
 だ。結納もすんだし、とにかく、めでたい。
  ツバメのYま田さんも、4月の末にハルビンへ舞い戻ってきた。

  K玉さんは卒論を書き上げ、あとは帰国準備のみ。
  Yりちゃんは虫歯が酷くなる一方で、早く帰りたいらしい。
  日本語教師のT川さんは、冬休みに帰国した折りに、婚約していた彼女とめで
 たく入籍。しかし、月給3万円弱でどうやって食わしていくかで、本当に悩んで
 いる。

  ワタシの方は、当時の読み通り、CDなどを買い漁り、沢山の荷物を抱えて処理
 に困っている。家具や家電などの引き取り手はあらかた見つかったが、カナリア
 持ち帰り計画はあきらめることに。やはり万一のことがあっては困るし、飼い主
 もいい人がみつかりそうだから。

  W杯が始まって、こちらはにぎやかだ。スーパーの前に黒山の人だかりが出来
 て、何をみているのかと思えば小さな画面で放映している中国チームの試合だっ
 た。
  ちゃんとゲームの開始時刻を知っていて、間近になるとちらほら集まり始める。
  昔の日本で相撲やダービーをこんな風にみていたなあ、
 と何だか懐かしくなった。
(2002年のメルマガに掲載 再掲載時に名前はイニシャルにしました)