2002年8月14日(火)成都ーラサ

ラサ飯店には AM10:30 到着。
この日は高度順応の為、終日休息。
早速 部屋に入り、倒れこむように寝る。

ベッドはダブルベッド。部屋の中も寒いので暖房をFULLにして、
クローゼットの中から毛布を見つけ出して、二人でくるまって寝る。

私の場合、頭が痛いとか気持ち悪いとか、何がどうっていうわけでは
ないのだが、とにかくダルイ、眠い、重い。
ちょうど、寝不足の状態と同じ症状である。
そーねいは、やはり頭痛や吐き気、息苦しさを感じる。
普段、滅多に水分を採らないこの私が、ひたすら水を飲み、茶を飲み、
そしてトイレへと行く。

12:00には昼食の為、一同ロビーに集合。みんな、それほど深刻な症状を
訴える訳でもなく、それなりに元気に食事に向かう。
場所は、ホテルから歩いてでもすぐそこの中華レストラン。
特にうまくもなく、かといってまずいわけでもなく、チベット料理を出し
てくれればいいのに日本人の口には合わないと想定したのか、下手な中華
を出されたみたいでちょっと残念。
しかも3日間、ほとんど同じメニューだったのはツラかった。

午後も休息。
ホテル内の商店だけも見てみようと、動き出す。

まずは2階へ。
階段が登れない。息苦しい・・・。
たったこれだけの高さなのに、体が重くて仕方がない。
「高山病、恐るべし・・・。」

ようやく2階へと登り、絵やアクセサリーや工芸品を見てまわる。
り「ああっ!そーねい、民族衣装がある!」
そ「あ!ほんと!いくら??」
り「えっと・・・、980元??!!」
そ・り「高い!!!」

ブラウスとワンピースとエプロン、ひと揃いなのだが、あまりにも
高すぎる。街に行けばもう少し便宜なのがあるだろうとここでは買わず、
1Fへと降りる。
そ「あ!ハンコ! 私、ハンコ作ろ。」
り「ふ〜ん、ハンコ・・・。」

始めは興味のなかった私だが、そーねいが石を選びながら店員と話して
いるのを横で聞いているうちに、私も欲しくなってくる。
店員から「これはヒマラヤの石。」なんて言われようものなら、
「どれ、どれ?」と覗きこむ。
そ「私、藏族の名前つけて貰ったんよ。それのハンコ作ろうと思って。」
り「ええっ!ほんとに?」
そ「うん、帰国する時、KちゃんやY子、みんなつけて貰っとるんよ。」
り「わ〜、いいな〜。」
そ「だからそのハンコと、あと日本名を藏語で作ろうかな。」
り「あっ!自分の名前を藏語にできるの?? 私も作る!」

早速、石を選び始める。

ヒマラヤの石、という自然な形をそのまま生かしたものを選び、藏語で
彫ってと頼むと、2Fの商店から藏族の女の子を呼んできて、ローマ字
表記した私の名前を藏語に直してくれる。

「オム・マニ・ペメ・フムと入れるか?」
彫り師の人に聞かれ、「うんっ!」と力いっぱいうなずく私。
石の側面に彫ってもらう。
(※オム・マニ・ペメ・フム → 一番簡単なお経。巡礼者がよく
  唱えながら歩いている。路上の石などに彫られてある事もある。)

そーねいも選び終え、他の土産物を見ているうちに出来上がり、
受け取って部屋に戻る。

り「もし今回、格多達に会えたら、私も名前つけてもらおう!」
そ「なんか、ハンコ作るのに興奮したせいか、頭痛い。」
り「ええっ? だいじょうぶ?」
早速、また昼寝する。


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