上海出張編その1

私はここ5か月あまり、月の半分ほどを上海で過ごしている。
一応、出張ということになるのだが、上海オフィスはオフィス兼住居と
なっているので、上海滞在中はオフィスに宿泊しているのだ。
オフィスといっても、下手なホテルより快適で安全、しかも出勤しなくて良い
ため、気分はSOHOで、なかなか悪くない暮らしである。
まだ現地採用のスタッフが決まっていないので、普段は広いオフィスに
一人きり。
このオフィスは北京の自称豪華マンションと違い、ホンモノの豪華マンションで
ある。
一階のガードマンさんがきちんとしているので、電話代の集金などが来ると、
まずインターフォンで確認、その後、集金の人と一緒にやってきて、支払いの間
もずっと見張っていて?一緒に帰っていく。
何もそこまでしてくれなくても・・・と思うが、外国人女性の一人暮らし?
なので、特に気をつけてくれているようだ。とにかく安全で快適な暮らしである。
オフィスに一人だと静かで気楽だが、いかんせん広すぎて掃除だけでも大変であ
る。
当初は週に3日お手伝いさんが来ていたが、ボスとケンカして辞めてしまったの
だ。
お手伝いさんと聞くと贅沢なようだが、中国ではごく一般的な存在である。
「アーイー」と呼ばれるお手伝いさんは、都市によって差はあるが、比較的
物価や人件費の高い北京や上海でも時給150円足らずで、掃除・洗濯・買い
物・子供の世話まで、何でもしてくれる。
ちなみに「アーイー」の、本来の意味は「おばさん」である。
余談だが、中国の女性は二十歳くらいから、子供に「アーイー」と呼ばれてしま
うが、中国では失礼に当たらずに、却って良い意味なのだそうだ。
二十歳でアーイーなのだから、もちろん私などは立派なアーイーなのだが、
赤の他人にそう呼ばれると、いくら文化の違いとは言え、嬉しいものではない。
自慢にならないが、私は日本で最愛の甥姪にも「お姉ちゃん」と呼ぶことを強制
しているのだが、中国四千年の歴史の前では、無駄なあがきでしかないようである。
当初はそう呼ばれるたびに「誰がおばさん?」と、心の中で毒づいてみたり
もしたが、最近は諦めて、その単語を頭の中で日本語に変換しないようにしてい
る。
中国では、二十歳でおばさんと呼ばれ、三十歳で未婚だと、まるで化け物のよう
に見られたりもするが、年齢に対する意識は、韓国も中国に近いようである。
まだ留学生だった頃、「韓国では30過ぎて結婚していなかったら、絶望的なの
に、なんで君はそんな呑気に留学なんてしていられるんだ。結婚は諦めたのか?」と
真剣な顔で言われたことも一度や二度ではない。
さて、「アーイーさん」の話に戻ろう。
この「アーイーさん」にまつわるエピソードは実に多い。
家の主がいるとそれはそれはマメマメしく働くが、いないと手を抜きまくる、
勝手にシャワーを浴びる、ベッドでくつろいでテレビを見るなんてのは、朝飯
前。
食料品の買出しの時は、自分の家の分まで調達したり、食事を大目に作っては、
こっそり?と、鍋ごと持ち帰るなんて話も珍しくない。
知人の駐在員さんは、ご自身はコーヒーを飲まないのだが、来客用に買っておい
たインスタントコーヒーが、来客など一度も来ていないのに、ある日、気づいたら
ほとんど無くなっていたそうだ。
普段、家に帰るとテレビのチャンネルが変えられていて、「変だなぁ・・・」と
思っていたらしいが、どうやら「アーイーさん」はテレビを見ながら、
ソファーでコーヒーブレイクしていたらしい。
数あるエピソードの中でも一番笑えたのは、ある駐在員さんが何かの用で日中、
自宅に帰ったら、アーイーさんが友達を招いてパーティーをしていたという。
「ドアを開けたら知らない人だらけで、家を間違えたかと思ったよ」と
言っていたが、そう思うのも無理はないだろう。
もちろんこんな人ばかりではないが、こういった人も少なくないのが現実であ
る。
いわゆる「アーイーさん」は、農村からの出稼ぎの人が多く、
職業意識もあまり高くないように思える。
上海語や福建語、広東語など南の言語は普通語とは全く別言語に等しいので、
南方人にとっての普通語はフランス人にとっての英語のようなものである。
南方人できちんと教育を受けていない人の普通語は、既に原形を留めておらず、
私よりも下手?と思うような人も沢山いるのだ。
上海オフィスに来ていた「アーイーさん」も、地方出身で方言がキツくて、
当初はほとんどコミュニケーションが取れなかった。
やっと耳が慣れた頃に辞めてしまったが、この彼女もなかなかのツワモノで、
契約は月給制だったが、時間通りに来たことはほとんどなく、「食事くらい自分
で作れ、掃除くらい自分でしろ」と言わんばかりに、さっさと帰っていってしま
うことも度々。
それなら時給制に、とボスが言ったら、怒って辞めてしまったのだが、
義務を果たさずに権利を要求する、といった典型的なタイプの人であったように
思う。
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